2004/07/31 (産経新聞朝刊)
【緯度経度】ソウル・黒田勝弘 韓国民主勢力の正体( 7/31)

韓国は日本と同じ漢字文化圏だから言葉に漢字語がよく登場する。ハングル中心なので漢字そのものはほとんど使わないが、言葉としては漢字からきたものが基本になっている。現代韓国語も「こんにちは」の「アンニョン」が漢字の「安寧」であるように70%以上は漢字語だ。

新しい言葉でも「セクハラ」を意味する「ソンヒロン」は漢字語の「性戯弄」からきている。しかし「ソンヒロン」は知っていても漢字の語源を知っている韓国人はほとんどいない。漢字で書ける人も少ない。

一方、昔からよく使われる漢字語の言葉でも、日本人にはその意味がピンとこないのがある。たとえば韓国人が大好きな「道徳性」などそうだ。日本人にとってはずいぶん格調が高い言葉であるため、それをやたら他人に要求したりしない。他人を批判したりするときも気軽に使うことはない。自分の方にはねかえってくると思うので慎重になるのだ。

ところが韓国では「お金に清潔」といったことが「道徳性」の問題として政治家や政党など政治関連でよく使われる。日本人にすれば「何を大げさな…」と思うが。

ただこれは、韓国人は具体的な言葉より抽象的な言葉を好み、その方が何か深みがあるように思うという権威主義的(?)な意識が強いせいかもしれない。韓国でよく経験することだが、具体的な例をたくさん引用して話をしたり文章を書いたりすると、韓国では「表面的だ」などといって批判されるのだ。

韓国でよく使われる「正体性」という言葉も日本人に分かりにくい韓国語の一つだ。学問や政治の世界でよく登場するのだが、いつも翻訳に困る。最近もこの「正体性」が韓国政治で大きな話題になっている。

野党ハンナラ党の女性党首である保守派の朴槿恵代表が、盧武鉉政権下の韓国の現状について「現政府が国家の“正体性”を揺さぶるのなら野党として全面戦も辞さない」と語ったからだ。

彼女によると、盧政権は韓国という国の基本的なワクというか基盤、秩序を壊そうとしているようだ、したがって野党として「国の中心」を守るため断固戦う必要があるというのだ。

つまり「国家の正体性」とは「国としてよって立つ基盤」ということになる。英語でいう「アイデンティティー」に似ているといってもいい。

ところで朴代表ならずとも最近、韓国で起きていることには気になることが多い。たとえば朴代表も指摘しているが、過去、北朝鮮のスパイや工作員として捕まった人物を、獄中で思想転向に抵抗してがんばったことを理由に「民主化功労者」として政府の関係委員会がたたえる、などという事態はその象徴だ。

ところがその委員会(大統領直属・疑問死真相糾明委員会)にはスパイ経歴のある人物など左派・反体制出身者が含まれている。結局、韓国の体制を破壊しようとするスパイなど不法活動をした連中が、今や彼らを捕まえ取り調べた軍や治安当局の関係者を逆に調査しているというのだ。

これではまさに“革命”である。

国防相が辞任した西海岸沖の北朝鮮警備艇による領海侵犯事件もそうだ。盧政権や与党は北朝鮮は批判せず、報告が遅れたとかマスコミに情報を流したなどとして逆に韓国軍を批判している。

また最高裁判官人事をめぐっても、推薦委員会の下で政府の意向を反映するような「改革性」や「進歩性」を強調する動きが表面化している。保守派は、左派ないし進歩派系市民運動など外部勢力が裁判にまで影響を与えようとする深刻な事態と憂慮している。

テレビ番組や学校教育では、韓国における過去の政治的事件はみんな国や政府が悪者で、政府に抵抗したり捕まった者が善といった逆転の歴史観が幅を利かしている

一九七九年、当時の朴正煕大統領を暗殺した金載圭中央情報部長(死刑)さえ“民主化人士”としてたたえようという動きが政府・与党内にある。

「国家の正体性否定」という朴代表の批判や懸念の表明に対し、親・政府派や左派などは「民主主義体制を確かなものにするためのステップ」(ハンギョレ新聞社説など)と反論している。

しかし盧政権をはじめこれら韓国の“民主主義者”たちは、韓国の過ぎ去った非民主的な歴史や独裁を暴き非難することにはいまなお限りなく熱心だが、現在進行中の北朝鮮の非民主主義や独裁には何もいわない

実に不思議な風景だ。だから筆者のような日本人のウオッチャーは「韓国民主化勢力の“正体”」に疑問を持つことになる。


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