続いて「正論」

2004年8月5日
2004/08/05 (産経新聞朝刊)

【正論】国際教養大学学長・中嶋嶺雄

中国「反日」の心理と社会的背景

歪んだ経済発展に対する捌け口

≪挑戦的姿勢が目立つ中国≫
中国で開催中のサッカー・アジアカップで起こった激しい「反日」のブーイングは、スポーツの世界に政治やイデオロギーが持ち込まれたという点で由々しきことであるが、最近の日中関係に潜在する雰囲気からして、いわば必然的な成り行きでもあった。この場合の「潜在する雰囲気」とは、明らかに中国側の事情によって生じているものである。

日本側には小泉首相の靖国参拝問題があって、中国政府の意に適(かな)わないところがあるとはいえ、それは小泉政権以前からの問題であり、日本側にこのところ中国を刺激したり、日中関係をあえて損なおうとするような意図や動きはなかった。それどころか、日本政府は何とかして中国と協調体制を組もうと、けなげなくらい努力している。

これに引き換え、このところ中国は、日本に対してきわめてアグレッシブ(挑戦的)で、強気な姿勢ばかりが目立っている。

東シナ海の日中中間線付近では、海底油田の開発に一方的に踏み切ったばかりか、日中中間線そのものも認めようとせず、日本政府の抗議にも耳を貸さない。

加えて、台湾海峡の安全が日本にも死活問題であることを十分認識したうえで、近隣諸国の懸念をよそに、この夏も台湾海峡の大陸側沿岸・東山島一帯で大規模な陸海空連合大軍事演習を展開した。

台湾の民意による民主的かつ平和的な将来設計に対しても、武力威嚇どころか武力行使の強硬姿勢をあからさまに示している(世界新聞報七月十五日付ほか)。

≪保守派ばかりか改革派も≫
このような雰囲気の中で、排外的なナショナリズムや愛国主義の鼓吹が、このところ著しい中国当局自身の大国志向や歴史的な中華思想に基づく大中華主義とあいまって、中国の民衆レベルの感情的合意としての「反日」感情の形成を促しているといえよう。

昨年の西安での日本人学生の誤解されやすいジョークを契機とする反日デモや今回の重慶での反日ブーイングに対して、中国当局は自制を呼びかけているけれど、中国の世界戦略としての地上・海洋・宇宙という三次元の軍事膨張主義が改められない限り、中国当局による抑制はかえってインターネットやメールマガジンでの過激な「反日」世論の醸成を助けるだけになってしまう。

知識人や外交関係者の間では「走世界(世界に向けて行く)」とか「和平崛起(くっき)(平和的にトップに立つ)」といった用語がスローガンになっていても、中国全体の確固たる方針だとはとても思えない。

このような中国の姿勢は、最近の軍の会議の写真(人民日報七月二十七日付)が示しているように、保守派の江沢民中央軍事委員会主席が依然として軍を握っているからだという説明ができなくはない。

だが、台湾の「独立」問題や香港の民主化問題では、改革派の胡錦濤・温家宝指導部もきわめて強硬な態度を持しており、彼らの影響が中国の若者のナショナリズムや「反日」感情を助成しようとしているように私は感じている。

≪裏通りは今も貧困と不潔≫
私は最近、所用も兼ねて三年ぶりに北京を訪れた。最近の北京の発展ぶりがマスメディアを通じて鼓吹されているので、自分が何回となく見てきた北京と新しい北京との対比を様々なスポットで試みてみたのだが、私の中国像はいささかも揺るがなかった。

たしかに北京の繁華街・王府井一帯の変貌(へんぼう)は目覚ましい。東京の六本木とお台場が一挙に集まったかのようである。あちこちの観光地もいかにも世界の観光客誘致を見込んで巨大な施設と化しており、高い入場料にもかかわらず、いずれも盛況であった。

しかし、同じ北京の中心部でも、私自身がつねに定点観測をしてきた東四の裏通りや東廠胡同のあたり、天安門広場南の前門地下道や前門大街に近い裏通りなどは、以前とまったく変わらず、目を覆いたくなるような貧困と不潔が今も続いていた

市の西方へ約三十キロばかりタクシーを飛ばして、観光客の行かない首都鉄鋼総公司のある国有企業地域の町を訪れると、経済発展とはどこの国のことかと思われる光景に出くわす。

こうして中国は安物の建造物を造っては壊し、壊しては造っていて、全土がいつ果てるともない工事現場のようになっているので、国内総生産(GDP)は確かに膨らむかもしれないが、全体的には歪(ゆが)んだ経済発展であり、環境破壊、資源の枯渇、さらに広がる貧富の差とともに、国民はかなりいらだっている。

「反日」はその捌(は)け口として、絶好の材料なのである。


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