(産経新聞2004年10月2日「正論」)
したたかな胡錦濤氏の全権掌握劇 【国際教養大学学長 中嶋嶺雄】
柔軟路線取るかは注視なお必要
≪軍事指導体制の強化実現≫
去る九月十九日に中国共産党四中全会で、江沢民・党中央軍事委員会主席の引退と胡錦濤・党総書記の同主席への就任が決定、中国の政治指導体制が大きく転換することになった。いわゆる第四世代指導者から成る胡錦濤新体制への期待が、内外から寄せられている。
しかも、江沢民直系の側近として胡錦濤氏のライバルであった曾慶紅・国家副主席が党中央軍事委に席を占めることなく、軍事委副主席ポストには人民解放軍総政治部主任の徐才厚・軍事委員が就いた。
八人から十一人へと増員された軍事委員には張定発・海軍司令員、喬清晨・空軍司令員、靖志遠・第二砲兵(戦略ミサイル)司令員という空海陸のトップが就任、徐才厚委員の補充としては陳炳徳・済南軍区司令員が加わった。
九月二十五日には胡錦濤・新軍事委主席が早速、張定発、喬清晨の両司令員を上将(大将)に昇進させている。
このような軍事指導体制の新布陣を分析する限り、そこにはもはや江沢民政治の影は薄く、中国が直面する軍事戦略、とくに台湾海峡戦争に備えた軍事指導体制の強化が実現したことにほかならない。
今回の新しい党中央軍事委は、純軍事戦略的・職業的な軍事指導集団であり、江沢民前主席が自らの政治的影響力を保持するために党中央軍事委に加えたかったであろう曾慶紅氏が入り込む余地はなかったのである。
江沢民前主席の腹心として、「三つの代表」(中国共産党は先進的な生産力、先進文化、広範な国民の根本的利益を代表する)といった空疎なテーゼを党規約の中に盛り込み、毛沢東、トウ小平と並ぶ江沢民の神話を創生しようともくろんできた曾慶紅氏ではあったが、所詮は上海市党委員会副書記から上昇した上海閥の「太子党」であり、党組織部長などの党務やイデオロギー工作を担当してきた彼の政治的限界を示すことにもなった。
≪内部で激しい権力闘争も≫
では、今回の軍事指導体制の変換は、中国の公式報道が言うように、きわめて円滑に行われたのであろうか。
否である。毛沢東やトウ小平とはその権威において大きく隔たる江沢民前主席は、決して軍権を手放したくなかったのであろうが、朱鎔基前首相や李瑞環・前全国政治協商会議主席らの有力指導者が二年前の第十六回党大会を機に定年制で引退しているなか、トウ小平の例を超えて軍事委主席の座に君臨することはできなかったのであろう。
そもそも過去十五年間の江沢民政治の限界や負の遺産も大きく、多くの指導者は早期引退を待望していたのであった。
こうして今夏は、中国共産党内部で激しい権力闘争があったと推測できる。今回の引退に際して異例の江沢民書簡(九月一日付)が公表され、「(第十六回党大会の際に)中央は、国防と軍隊建設の任務は重いことを考慮し、私の軍事委主席留任を決定した。その後、私は職務に尽力したが、党の長期的発展という点から、ずっと完全引退を望んできた。…(今回)私が辞任することは、党、国家、軍の発展に有利である」といったわざとらしい表明があったこと自体、そのことを暗示している。
加えて、去る九月四日付の本紙が伝えていたように、八月十九日発行の中国誌『瞭望東方週刊』にはトウ小平と握手する胡錦濤総書記の間に江沢民氏が立っている写真が掲載されたのに、八月十六日に国営新華社通信が配信した写真には江沢民氏が消されていたといった、文革期四人組逮捕の時期のような奇妙な報道が行われていたのである。
それにしても胡錦濤総書記らは、きわめてしたたかに今回の交代劇を成功させたように思う。
自らが養成した中央党学校国際戦略研究所を中心にグローバル化に備えた「和平崛起(くつき)(平和的に世界の頂点に立つ)」戦略を構想させながら、江沢民氏らの抵抗が強いと見るや、この戦略を一時棚上げしたりしつつ、江沢民包囲網を徐々に狭めていった。
≪新体制に対し幻想は禁物≫
問題は胡錦濤新体制自体が内外の期待に応える柔軟な出方をするかどうかであるが、ゆがんだ経済発展のために中国国内はあちこちが病んでおり、人民はいらだっているので、改革派なるが故の強硬姿勢を取ることもあり得よう。
日本の国連安保理常任理事国入りの問題で、その答えは間もなく出るであろうが、一九八八年には自ら建国後初めての戒厳令を敷いてチベットの民族反乱を徹底鎮圧したように、同じ文脈で台湾の自立化を軍事で押さえ込もうと決意するかもしれない。
胡錦濤新体制への幻想は禁物である。
(なかじま みねお)
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