うっし!最近このサイトにえらく共感する。
2004年10月8日(多事X論)
■平成16年10月7日(木)拉致問題〜政治は結果が全てか?〜
あの平沢勝栄が拉致問題に関する書籍を発刊したらしいが、その中に気になるコメントがあったので以下に引用する。
『猛烈なバッシングに対して「政治家は結果がすべて」とだけいい、拉致被害者家族の帰国・来日への道筋をつけた平沢氏の決意とは−』
『政治は結果が全て』は5.22日朝会談を支持する論陣がよく口にする言葉で、確かに一面真理ではあるのだが、私はこのような物言いに強烈な違和感を覚える。
5.22日朝会談で5人が帰ってきた事をもって勝利とするならば、あれは明らかに『反則勝ち』だ。
本来破防法を適用すべき朝鮮総連に橋渡しを依頼し、テロリストに見返りを与え、唯一の武器であった経済制裁を一方的に放棄したりと、まさに国家の威信などをかなぐり捨て、あらゆる禁じ手を使った上での結果でしかない。
だからこそ、良識のある人は『小泉のやり方はきたねーじゃねーか』と憤慨し、一方で非常識な小泉真理教信者は『政治は結果が全てだ 文句あっか?』と開き直っているのが実態だろう。
『なぜ素直に小泉首相の成果を評価しないのだ!?』などと真顔で言ってる馬鹿もいるが、あそこまで露骨な反則技を見せつけられれば、プライドのある人間なら諸手を挙げて賞賛などできるはずがない。
それにしても、安易に『結果が全て』の乱発が許されるのならば、世の中はとんでもない事になってしまう。
考えてもみて頂きたいのだが、国民全員が日常生活の中で、結果だけを重視し過程を不問にするならば、そこは社会ルールが存在しない不正だらけの世界であり、想像しただけでも空恐ろしくなる。
道理もヘチマもない社会では秩序など到底保てる訳がなく、最低限の道理すら理解できない小泉や平沢・小泉真理教信者などは、バイトを辞めて売春で小遣い稼ぎをしているに『何でいけないの? 同じお金でしょ♪』なんて親に開き直っているガキと同じだ。
アメリカは自国の兵士を守るという大義名分の下、東京大空襲や原爆投下のような国際法違反である民間人大虐殺を敢行し、おかげで戦争終結が早まって多数の命を救ったなどと、まさに『勝てば官軍の論理』を振りかざしている。
一方、我が国は100年前の日本海海戦において、国際法に違反しないよう各軍艦に国際法の専門家を乗艦させ、あの大海戦に挑み勝利したそうだ。
同じ勝利でも民族性の優劣は雲泥の差だろう。
『結果が全て』とは、裏を返せば『結果の為には手段を選ばず』を是とする論理であり、このような『勝てば官軍』的発想は武士道とも言われる日本人の美徳の範疇とは到底思えない。
我々日本人はあくまでも道理を重んじ、理不尽な相手に絶対屈しなかった『勇敢で英邁なる民の末裔』である。
これを思ってても、言葉にまとまらなかったのよ。
これ、です。スッとしました。
単純に、譲り過ぎ、ってことネw
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