軽視してはならない「本格的侵攻への備え」

    …防衛計画の大綱改訂を目前にして…

  金 田 秀 昭
NPO法人岡崎研究所 理事

平成16年11月11日

「防衛計画の大綱」の改訂作業は、本年12月末の完結を目指し、目下政府部内で調整が行われている。大綱改訂を念頭に設置された「安全保障と防衛力に関する懇談会(有識者懇談会)」は、新たな防衛力構想として、「多機能弾力的防衛力」の構想を打ち出した。

同構想では、国家間紛争に起因する脅威への対処として、「本格的侵攻」に備えた中核的な戦闘力については、不確定な将来への備えとして適切な規模の基盤は維持しつつも、「思い切った縮減」を図る必要があるとし、むしろ、島嶼防衛やゲリラなどからの重要施設防護、弾道ミサイル対処など、その他の「非本格的侵攻」に備えた所要機能を保有し、即応性を一層高めた体制の構築を求めている。

しかし果たして「本格的侵攻」に備えた中核的戦闘力は、「思い切った縮減」をして良いのであろうか。

冷戦時代のソ連の脅威は確かに消滅したかに見えるが、新たに国際テロリスト、北朝鮮、中国などの軍事的脅威が注目されてきている。

ここでは「本格的侵攻」という観点から、冷戦当時のソ連の脅威と、現在の脅威を比較考証して見よう。紙幅の関係上、事例として海上における脅威を上げる。

1.今日的な脅威の態様

(1)北朝鮮の脅威

先ずは北朝鮮の脅威である。北朝鮮軍(朝鮮人民軍)の態勢を見ると、わが国本土への陸上侵攻を含む「本格的侵攻」といった態様は採れないであろう。しかし、その他の武力侵攻事態である「非本格的侵攻」について考えてみれば、その全てが当てはまるといっても良い。

特に★現在200発以上が実戦状態にあると言われるノドン・ミサイルでの弾道ミサイル攻撃については、「有識者懇談会」の報告では「本格的侵攻」事態に分類されてはいないが、実態としては、冷戦時代に考えられていた「本格的侵攻」事態の一つであるソ連による「大規模航空攻撃」事態と変化はなく、その意味では、陸上侵攻を伴わない「本格的侵攻」事態と言える。

自衛隊は、弾道ミサイル攻撃に対して、前程広域防衛を行うため、日本海に数隻のイージス艦を配し、また航空自衛隊は終末要域防衛を行うため、本土にペトリオットPAC-3ミサイル部隊を展開して、本土防衛を行うことになる。

弾道ミサイル防衛を効果的に実施するため、イージス艦は北朝鮮に近い日本海の西部に配置されることから、当然のことながら、北朝鮮側の熾烈な海・空(弾道ミサイル攻撃を含む)攻撃が予期される。

弾道ミサイル防衛以外の「非本格的侵攻」については、北朝鮮が、今直ちに行い得るのであり、大規模ではないが、「本格的侵攻」事態と機能的には相違のない潜水艦、水上艦、爆撃・攻撃機、弾道・巡航ミサイル、特殊部隊などの脅威を想定した事態となる。

(2)中国の脅威

次に中国の脅威はどのように見れば良いか。

中国軍(人民解放軍)の海空軍力を中心とする軍事力の増強ぶりや海洋への強引な進出などから、中国を将来的な危険要因として考慮すべきであるとの認識は、日本において広く支持されていると考えられる。

しかし、その軍事力は、質・量ともに、冷戦時のソ連とは比較にならない程の低レベルにあり、わが国が、直ちに本格的侵攻事態に備える必要性はないという、わが国が直ちに本格的侵攻事態に備える必要性はないという見方があろう。

中国海空軍は、最近はキロ級潜水艦、ソブレメンヌイ級駆逐艦、Su-27やSu-30などの爆撃機をロシアから導入し、一方093型攻撃原潜、宋級潜水艦、052型駆逐艦などの近代化装備の国産化にも注力して、急速な増強を図っているが、旧式の装備が主体である。

一方、冷戦時代のソ連海空軍のキエフ級空母、キーロフ/スラヴァ級巡洋艦、ソブレメンヌイ級駆逐艦、オスカー/ヴィクター級攻撃原潜、キロ級潜水艦やバックファイアー爆撃機に代表される潜水艦や水上艦、爆撃・攻撃機の質・量は、現在の中国海空軍のそれと比べると圧倒的であり、その域に達するには、相当な年月を要すると言う見方である。

またそもそも現時点で、中国は、冷戦時代のソ連のような明確な敵としての存在ではない以上、今直ちに対中防衛態勢を具体的にとる必要はないという考えもあろう。

★しかし、これらの考え方は極めて楽観的であると言える。

現在、また近い将来の中国海空軍は、「地の利」を最大限活用することにより、当時のソ連海軍と比べても、遜色のないほど強力であり、また容易に現実の脅威となり得るとの認識を持つ必要がある


 何故か。

確かに冷戦時のソ連は、わが国に対して、日本海や太平洋側を主とする周辺海域及び海上交通路において脅威となってきた。しかし、ウラジオストックを母港とするソ連太平洋艦隊の主力は、日本海を挟んで日本列島という天然の障壁に阻まれ、宗谷、津軽、対馬という3海峡の何れかを通過しなければ太平洋方面には進出できず、この地理的な制約から、わが国周辺海域や海上交通路を脅かすことには、自ら限界があった。

冷戦後期になって、ソ連は当時の盟友(北)ベトナムとの協定により、同国のカムラン湾に一定規模の部隊を駐留させたが、潜水艦や爆撃機を展開したわけではなく、また当時、フィリピンにはスービック海軍基地とクラーク空軍基地に強大な米軍が存在して睨みを効かしていたこともあり、中東から北東アジアに至る重要な海上交通路にとっての甚大な脅威とはなってはいなかった。

即ち(装備の遥かに強力な)ソ連海軍は、日本海では重大な脅威となっていたが、カムチャッカ半島所在基地などを利用しても、【西太平洋】での展開には制約を受け、【東シナ海】や【南シナ海】においては、殆ど無力であったと言って良い。



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