(宮崎正弘氏メルマガ)
八木秀次『女性天皇容認論を排す』(清流出版)
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最近の論文と講演記録を集大成した、八木秀次氏の三冊目の評論集だが、本書の執筆動機を八木さんは、次のように率直に書かれている。
「我々は祖先から子孫へと繋がる時間軸の中間点にいるに過ぎない」。
ところが一部の日本人は「あたかも一世代で完結するかのように(短慮に)振る舞い、国家を私有物のように扱っていはしないか。
この歴史ある祖国を傷つけることなく、次の世代に譲り渡したい」
とする篤い祖国への思いから、語り継ぐべき重要なことを徹底的に語り継ごうという決意である。
八木さんはこうも言っている。
「私は天下の馬鹿者を自認しようと思う」。
だから八木さんは敢えて愚直な姿勢を堅持し、「馬鹿者」を自覚しつつも、戦後思潮史を画期する知識人たちの熱血の運動、「新しい歴史教科書をつくる会」の三代目会長を引き受けられた。
初代西尾幹二、二代目田中英道の各氏の志を嗣ぎ、来年の教科書採択へ向けて勇躍前進の境遇にある。
過日、櫻井よしこ氏は八木秀次さんを讃えながら「現代の若武者」と比喩された。
戦国の世の若武者は、もっともいまの八木さんより遙かに若かったが、そういう問題ではない。若々しい、破邪顕正の精神が重大なのである。
(ま、平たく言うと、「王様は裸だっ!」と正面から論陣はること、かな?w)
さて本書のテーマは幾つかの重要な議論に別れているが、じつは分岐しているようで地下では「拉致」も「ジェンダーフリー」も「憲法」も、すべての議論が繋がっている。
要するに「祖先から子孫へ繋がる時間軸の中間点」という歴史認
識からうまれてくる議論、それは日本のほんものの継続性を死守せんとする歴史的使命感からくる中核的議論だ。
本書の題名に冠された論文でもある「女性天皇容認論を排す」の項目(本書64p)で、八木さんは「皇位はすべて男系で継承されてきた」としつつ、多くの事例を掲げ、八人十代の女性天皇は「女系」ではなく「男系の女子」であったことを明示されている。
(小堀桂一郎氏がいう「かつて女帝は存在したが、女系は存在しなかった」)
すなわち女性天皇は本命である男系の男児が成長するまでの“中継ぎ役”であり、女性天皇が即位後にお産みになったお子さまが天皇になられた例はない。
過去の皇統断絶危機の際には男系の傍系から天皇となられており、皇位は直系による継承ではなく、あくまで男系による継承である、とされる。
(皇室の「藩屏」、「皇族」という係累団があったからできたのだが、戦後すぐGHQによりその極端な「平等思想」のもと臣籍降下という形で解体された。
それにタカッたのがプリンスホテルの西武・堤一族と、現在のニュースにまで繋がるw)
その基本的理由は「天皇たるゆえんが神武天皇の血の継承」に他ならないからだと日本歴史のもっとも重要な中核を衝いている。
「神武天皇の血の継承」。
なんという三島由紀夫的コトバ、保田輿重郎的語彙であろうか。
(う〜ん、ここいらについては、小堀桂一郎氏は「大衆的議論に馴染まない」とされ、「責任者」がしっかり議論すべきだと書いておられたが...
「血」とか血脈とかより、「正統」とかもっと言いようが...w
ただ、現時点でだけの平板な視点価値観で、延々続いてきた今は未知のものを、安易に切り捨てることはまず慎むという態度が必要だというエドモンド・バーク(ってエラソウwだけど中川八洋氏の請売りで)のセンス・価値観も考えないとまずいという大前提があるんだろね)
評者(宮崎)がいまひとつ瞠目して読んだ箇所は「孤立によって“強さ”を獲得した聖徳太子」の項目(247p)である。
ここでは八木さんは故村松剛氏の『世界史の中の日本』(PHP研究所)を敷衍しながら、聖徳太子が隋の皇帝におくった「日出るところの天子、日没するところの天子に書をおくる。恙なきや」とした、孤立を恐れず、戦争も恐れず、画期的な外交をやってのけた聖徳太子の決断とその歴史観と情報力のすごさを、力
をこめた筆致で展開されている。
久々に読後感が晴れ晴れとなった書である。
単行本: 286 p ; サイズ(cm): 20
出版社: 清流出版 ; ISBN: 4860291042 ; (2004/11)
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